取材記事

【取材記事】20年後の神戸、未だ癒えぬ心の傷

阪神淡路大震災の体験談

実際に阪神淡路大震災を体験した60代くらいの女性に出会いました。

女性は震災で起こった現実、
そして今も色濃く残っている震災の影響を語ってくれました。

以下が、その取材内容です。

【阪神淡路大震災から20年の今の心境】

街は綺麗になり、建物はよくなり、外見・外面は改善されてきている。

しかし、気持ち(1人1人の内面)は後遺症として今でも残っている。

ヘリコプターが通る音が鳴ると、心臓がドキドキする。

救急車が通る音が鳴ると、「何かあったのかな?」
と、震災を思い出すのである。

やっぱり今でも複雑な気持ち。

【震災当時の状況】

「ドーン」と音が鳴り、トラックや自動車が激しくぶつかり合い、その後「グラグラ」と揺れた。

飛び起きたら、「電気はつかない」「ガスは止まっている」「水は出ない」と、何が起こったのか整理できなかった。

明るくなって家を出ると、住宅が崩壊し辺りがよく見えた。

酒蔵がちょうど仕込みの時期で、それが全て潰れて酒の匂いが充満していた。

8:00になり、近場で火が出た。

とある夫婦がガスストーブをつけたらガスが漏れて火が回り夫婦に焼け移った。

消防士が来ても、水がないから火を消せず、到底消火器では消せるレベルではなく、見てるだけになってしまっていた。

【震災が落ち着いてから復興に向かって】

仕事がある人はまず仕事が行けるように。

そういう1人1人の想いや行動から神戸という街の見た目はだいぶ綺麗になった。

そのような点で復興はして来ているが、中には
「二重ローンがかかり未だに(60~70代で)ローンを抱えている人」
「身体に震災のときに患った症状が残っている人」
「震災で夫婦別れしてしまった人」
がたくさんいる。

1人1人にフォーカスをあてると、まだまだ解決していない問題がたくさんある。

【若者への(後世に残したい)メッセージ】

成人式で20歳になる子に着物を着せてあげていた。

あの震災の年に生まれた子がこんなにも大きく立派になってることに感心した。

今の若者には「これからの日本を背負って頑張って欲しい」

まとめ

20年後の神戸、未だ癒えぬ心の傷

  • 阪神淡路大震災から20年の今の心境
  • 震災当時の状況
  • 震災が落ち着いてから復興に向かって
  • 若者への(後世に残したい)メッセージ

以上です。

これが実際に阪神淡路大震災を体験した方のリアルな声です。

20年経った今でも思い出すほどの震災で、神戸自体は綺麗になっても1人1人の心の中には震災のわだかまりが残っています。

震災はいつ起こるか想定できません。

起こるときに備えて、現実を直視して、真実を知って準備をする必要があると感じます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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