取材記事

『繋がることが世界平和』ネパール復興を目指す中でアナタに伝えたいこと〜重田大輝〜

募金初日に食らった衝撃的な声
女子高生「あの募金してる人ら、絶対パチやわ」

まがお

ネパール大地震から1ヶ月。山間部での土砂崩れから追い打ちをかけるように東部での地震(2015/05/12)が起こり、死者共に国中の建物が倒壊。余震を恐れ屋外で生活をすることを余儀なくされた民もいるなど、仮設住宅が建つ都心部でも安心出来ない状況が続いているネパール。食糧・水・テントなど、世界から様々な物資が届く中、ネパール復興に向け街頭募金を行う2人目の青年、重田大輝さんをインタビューすることになった。
彼の人生から語られる、ネパール復興に込める思いとは。御覧ください。

自己紹介をお願いします。

重田大輝(シゲタヒロキ)、京都外国語大学大学を休学中の3回生です。国際教養学科で英語をベースに国際的な問題を考える分野を専攻しています。海外建築ボランティア
(ハビタット・フォー・ヒューマニティー:※以下ハビタット)のサークルに所属したことをきっかけにネパールに行く機会がありまして、帰国後様々な活動を行う中で「しぶ(前回投稿:渋谷吉孝さん)」と出会い、今回一緒に募金活動をすることになりました。
野球時代

幼少期から募金活動に至るまでのお話しを聞かせてください。

小学校の頃、道徳の授業で見たビデオがすごく衝撃的でした。今でも鮮明に覚えていますが、ストリートチルドレンがゴミを拾って生活しているビデオだったんですね。海外ってとても綺麗でリッチでというイメージがあったので、それをきっかけに海外で困っている人の力になりたいなと感じていました。その後はもう野球人生というか、ずっと野球してまして。高校は甲子園に行くために努力していたのですが、残念なことに肩を壊してしまいました。もうプレーヤーは出来ないということが分かったので、昔から気になっていた海外で起こっている社会問題という点に目を向けるようになりました。

大学で入ったハビタットは、中間貧困層の人たちと共に、現地の家を作るプロジェクトを行っているアメリカでは結構有名な組織でした。実際にこの機関を通じて、僕もタイとネパールで行ったのですが、最初は他人が自分たちの家を作るというのだから現地の人に結構警戒されてしまったんですね。衣食住のギャップを感じた日も続いたりしました。そんな中、日に日にコミュニケーションを取る中で家族として見て下さるのがとても嬉しかった思い出がある分、さすがに今回の地震には応えてしまって。なんせ僕が行ったのはポカラという地域のかなり山奥の村でネットや郵便物も届きづらいため、現状連絡が全く取れていないんです。募金活動は常々行っていますが、ネパールに行かないと状況が分からないため、すごく心配ですね。

ハビタット
(▲ハビタットでの活動の様子。)

ネパールの野球指導員もしているとか?

実は地震の起こる翌日の4/26にネパールに行く予定をしていたんです。現在「ネパール野球ラリグラスの会」というNPO法人に所属していて、そこからの野球の派遣指導員として現地入りする予定でした。ネパールには「カースト制度」という身分制度があり、貧富の差が激しく、身分の違う者同士の交流がほとんど見られませんでした。そのため、野球のルールややり方を教えるだけでなく、もともと違った身分を持つ子どもたちを繋げ、全員でゲームを行うチームワークの作り方や、物を大切にする文化を伝えたいと思っていました。しかし、まさか地震が起こるなんて。。夜…2時ですね、駆け込むように「しぶ」の家に飛び込みました。翌日初めて街頭募金を行ったのですが、ネパールで地震が起きたこと自体知らない人も多く、通りすがりの女子高生に「あの募金してる人ら、絶対パチやわ」と言われたりもしました。僕達もすがる思いで募金活動をしていたため本当に悔しくて。現地の安否情報も確認できないもどかしさの中 、朝刊をたくさん用意して配布するなど、とにかく初日は多くの人に知ってもらうことに力を注いでました。

ネパール野球教える

街頭募金はどんなことを考え行っているのでしょうか?

報道は日々薄れていき、メディアも伝えきれていない話はたくさんあります。現在、約150人の学生メンバーと、飛び入りで参加して下さる一般の方や在日ネパール人の方と活動しているのですが、僕らが1番に行うことは発信です。そのため、必ず募金前にネパールの最新情報を共有してから始めています。現地の市民の暮らし、現在必要とされている物資、被害の状況。伝えることはたくさんありますが、自分の思いを声で伝えることを意識しています。集まってくれるメンバーは誰もが何か思いを持って賛同してくれているからこそ、150人いたら、150通りの声で届ける。これはみんな意識して行っています。

募金を通じて感じたことを教えて下さい

多くの方に募金頂き、1週間で100万を超えたことはすごく嬉しく感じています。しかし、小さなお子さまで、何が起こってるか分からないけどお母さんに渡されたから募金をするといった場合もあって。もちろんお気持ちはすごく嬉しいのですが、せっかくならネパールでどんなことが起きて僕達が何をしているのか理解るようなものを提供しなくてはいけないなと思いました。僕らが今まで配ってきたチラシは漢字も多いし、イラストも少ないし、理解するのが難しいものだったと思います。少しでも多くの人に知っていただけるよう、今ひらがなやふりがなを付けた新しいチラシを作成中です。

黙祷写
▲大学の授業の場をお借りし、黙祷を行った時の様子。
生徒全員がネパールが復興することを願い、祈りを捧げた。

現地の様子について理解る限りお聞かせ願えますか?

友人のメールによると、食糧や水は確保されているのですが、かなりの範囲で家の崩壊があったみたいで。「今何が必要?」と聞くと、ほとんどの人が「ブルーシートがほしい」と言っています。家はあるけどほぼ無いことに等しい被害状況で、雨風をしのげる場所自体が本当にないんです。欲を言えば「テントがほしい」ところですが、今は多くのブルーシートを持って少しでも多くの人を助ける屋根を作りたいと、先日連絡が来ました。そんな中、倒れたビルの前でも商売している人もいて、少しでも心に明かりが灯るよう現地で活動しているネパール人もたくさんいるようで。僕に出来ることは僅かなことですが、少しでも早く現地入りしたいのが今の気持ちですね。

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崩壊家

最後に、日本の方とネパールの方へのメッセージをお願いします。

街頭募金で声をかけて下さる方々、いつも本当にありがとうございます。僕はたまたまネパールと繋がる機会があり活動をしていますが、街頭募金をする中で、国内を含む様々な場所に友人がいることは多くの問題を解決するステップになると感じています。東日本大震災や阪神淡路大震災が起きた時、日本各地だけでなく他国からの多くの支援を頂いたことで復興の道を歩んできました。これは国と国、国民と国民が繋がっていたからこそ生まれた結果ではないでしょうか。世界が平和になる方法はたくさんあるかと思いますが、僕自身、日本国内を含む世界各地に友人や家族のような存在をつくることが、本当の世界平和になると思って活動しています。是非、地域や国を超えて多くの友人を作って下さい。いつどのタイミングで何が起こるかがわかりませんが、きっと互いに力になれることがあるはずです。そしてネパールの皆さんに伝えたい。今、悲しくて苦しくて、この先どうしていいか分からないという思いでいっぱいだと思います。しかし、絶対一人ではありません!必ず現地に行って少しでも多くの人に笑顔を届けにいきます。失ってしまったものは変えられないけど、一緒に未来を築いていきましょう。僕も精一杯、協力します。

◆編集後記◆

多くの活動を行った経験が全てネパールに繋がっていると感じた取材であった。本文では割愛させて頂いたが、重田さん自身、現地の状況が落ち着いてきたらまた子どもたちに野球を教えたいとおっしゃっている。彼のアクションが野球旋風を起こし、道具を作る製造会社ができるなど現地の復興に大きくリンクすることが期待できるエネルギーの持ち主であった。後日談ではあるが、重田さんと、前回お話しを伺った渋谷さんは、5/19よりネパールへの現地入りを果たしている。この場でまたリアルな声お届けすることができれば、更に多くの人へと伝えられる記事にしたい。

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◆重田大輝◆
京都外国語大学3回生を休学中。大阪市立桜宮高校で野球人生を送る中で肩を負傷。ユニホームを脱ぐと同時に幼少期から興味のあった海外に目を向け、大学進学の後ハビタットの海外支援を通しネパール現地の家を建てるボランティアに参加。その後、ネパール野球派遣指導員に任命されるなど、活発的に自らの枠を広げる。募金活動の発起人、渋谷吉孝さんと約150名の学生と共に関西各地で活動する中、現在ネパール入りを果たし復興活動に取り組む。

◆重田大輝さんリンク◆
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◆その他リンク◆
NPO法人ネパール野球ラリグラスの会
ハビタット・フォー・ヒューマニティー

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